今、日本においては、雇用形態の多様化や少子高齢化などの原因によって製造業の人手不足が深刻になっています。
人が社会的生物であり、生活していくための衣食住の基本が「もの」である以上、ものづくりは生活および産業の基本です。ここでは、製造業における人手不足の現状と、その対策について考察します。
■データで見る工場・製造業の人手不足問題
○新型コロナウイルスによる影響
近年起きた人手不足の原因としてあげられるのは、2020年に突如発生した新型コロナウイルスによる影響です。日本においても緊急事態宣言が行われ、人や物の流れが停滞しました。企業が生産活動を停滞させれば、業況が悪化し失業者が増加します。飲食店の夜間営業短縮などは、まだ記憶に新しいところです。
それはデータにおいても顕著で、「2023年年ものづくり白書(※1)」によれば、2020年の失業率は前年の1.9%から上昇して3.0%を超え、その後低下傾向となっています。
一方、従業員の過不足状況はそれと若干タイムラグがあり、従業員過不足状況DI(※2)は2020年頃に縮小傾向にありましたが、その後拡大し、2023年にはマイナス20.9と、コロナ以前の状況に戻っています。
※1:https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2023/pdf/honbun_1_2_1.pdf
※2:従業員過不足DI:従業員数を「過剰」と答えた企業の割合(%) から、「不足」と答えた企業の割合(%) を引いたもの。値のプラスは過剰、マイナスは不足を示す。
○就業者年齢層の変化
日本において、製造業に就業する人員には2つの変化が起きています。ひとつは年齢層の変化で、もう一つは就業人員数の減少です。
まずは年齢層の変化ですが、同白書によれば、2002年の若年(15~34才)就業者数は2002年の380万人から漸次減少し、2022年では252万人まで減少しています。その一方、65才以上の高齢者は2002年の51万人から94万人まで増加しています。
また2022年の両就業者を合計しても2002年の数には及ばないことから、日本全体としても製造業の就業人員数が減少していることが分かります。
全年齢で比較すると、2002年の就業者は1,200万人、2022年では1,040万人と、160万人減少しています。
では、その背景には何があるのでしょうか。
■製造業の人手不足の実態と原因
製造業における若年者の減少の背景にはいくつもの複合的な要因がからんでいます。具体的には以下のような要因が考えられます。
○人口動態の変化
少子高齢化の影響により、若年層の人口が減少しています。そのため、労働市場に新たに参入する若者の数も減少しています。
高齢化については、定年を迎える労働者の増加によって、長年の経験を持つ熟練工が多数引退を迎えています。いわゆる職人芸など、仕事が個人の五感や官能に頼る場合、これは大きな問題です。
○製造業から受けるマイナスイメージ
かつて「3K」などと不名誉な言葉がありましたが、製造業は重労働かつ汚れる、危険というイメージがあることは確かです。これは単に製造業に対するイメージと言うよりは、教育やマスコミの報道などから受ける影響が大きいと考えられます。1980年代頃まで、若者の趣味嗜好の一番の対象はエンジンやオイルなどから成り立つ車でした。それが今ではスマホやゲーム機となっています。
それに伴い、職業選択の志向も重厚長大産業からIT業界などへ移行しているのかもしれません。
○教育と実社会スキルの不一致:
製造業では技術革新が急速に進んでおり、新しい機械や自動化システムが導入されています。これに対応するためには高度な技術的スキルが必要とされますが、これに対応できる労働者が不足しています。
と同時に、製造業はコンピューターのキーボードを叩けば製品ができるという性格のものではなく、個人が一定レベルで獲得したスキルも必要です。例えば機械の音や匂いから機械の好不調を嗅ぎ取る能力などです。
「ものづくり」が産業の大きな根幹である以上、製造業にかかわる高度な技術やスキルは必要不可欠で、これら人材の育成は一朝一夕には進みません。
○労働環境と賃金
製造業には「きれいごと」ではすまない環境があります。業種においては、常時油脂や粉じんなどの汚れがありますし、メンテナンスをすれば廃油などが発生します。業種や季節によっては、昼夜交替などのシフト勤務を行う場合もあります。
こうした労働環境に比べ、賃金が魅力的でないと感じる向きもあるでしょう。
しかし賃金については、生産性を上げることで解決します。また労働安全衛生法によって、作業環境測定は義務づけられています。現代の製造業の現場は、昭和時代とは全く違い、温度、湿度、採光などが一定水準に管理されています。
「3K」などの言葉で表現される先入観で製造業をとらえていないでしょうか。現代の製造業の現場は、とても綺麗になっています。
○工場の海外移転と地域格差
1970年代から80年代にかけて、日本の製造業は低賃金労働力を求めて海外に工場を移転しました。その結果、国内の製造業において就労可能者数が減ってしまうという事態が起きました。コストダウンは企業にとって必要不可欠の命題ですが、一方で就労場所を提供することは地域社会に対する責務でもあります。
その結果、日本の電気機器産業がコスト面で海外勢に負けてしまい、国内工場の閉鎖が相次ぎました。これが地方で起きると影響は深刻で、地域の雇用機会の損失、人材の都市への移動を招きます。都市部では製造業以外の職業選択肢が豊富であるため、若者は都市に集中しがちです。
これらの要因が複合的に作用し、製造業における人手不足の問題が生じています。
■工場・製造業の人手不足による影響
製造業で人手が不足すると、それは企業や経済、社会全体にさまざまな影響を及ぼします。
○生産能力の低下
具体的には、生産が遅れたり、生産量が減少したりすることです。
人手不足で生産ラインが十分に稼働できなければ、納期が遅れてしまいます。これにより、工場をはじめ流通から小売店まで売上・利益が減少してしまいます。ひいては顧客満足度が低下し、企業間の契約違反につながることもあります。
生産量の減少:
○品質の低下
まず、熟練労働者が減少し若年労働者が増えない状況を考えてみます。すると、技能の伝承が進まないために技術的なノウハウが失われ、新しい労働者の訓練が追いつきません。結果、製品の品質が低下するリスクが高まります。わけても、個人の感覚が製品の品質に直結する伝統工芸などにおいて影響は深刻です。
そして経験や技能が不足している労働者が増えると、製品の品質管理が徹底されず、不良品が増加する可能性が高まります。製品の信頼性が低下すれば、ブランドイメージが悪化してしまいます。
○コストの増加
人手不足を補うため、企業は高い賃金を払って人を集める必要が生じます。それでも集まらないときは外部に委託するため、コスト増加を招きます。外部委託に伴う品質管理の課題も発生します。
○労働環境の悪化
人手不足が慢性化すると、既存の労働者に対する負担が増加します。過労やストレスが増え、労働者の心身への負担が高まります。すると、欠勤の増加、離職率の上昇、労働災害の発生などが起きてきます。
労働環境の質低下:
■人手不足を防ぐ対策
これらの影響を軽減するためには、労働条件の改善、賃金の見直し、教育・訓練の充実、自動化技術の導入促進などの対策が求められます。
これは経営資源として言われる「ヒト・モノ・カネ・情報」に分けることができます。
○ヒト:人材の確保がこれに該当します。
(1) 地域密着型の採用活動
地元の学校や人脈と連携し、地域の人材を積極的に採用します。学生や求職者に製造業の魅力を伝えるためのインターンシップや工場見学会も有効です。
(2)高齢者や女性の活用
高齢化社会においては、高齢者の雇用は見逃せないポイントです。定年延長、再雇用などによって高齢者を積極的に活用したいものです。女性が働きやすい環境を整備すれば活躍の場も広がります
なお、外国人労働者を雇用する方法もありますが、建国2600年以上単一民族だった日本社会としては、極めて慎重にしなければなりません。メディアは報道しませんが、他民族との軋轢は各地で起きています。
○モノ
(1)設備投資の増大
4要素の「情報」とも関連しますが、自動化やIT化を進める投資を行うことで、人の介入がなくても生産できるシステムを可能とする方法です。
(2)原材料確保ルート・生産地の見直し
例えば食品産業なら、原材料を近くで調達できればコストダウンにつながります。
○カネ
(1)補助金などの活用
ざっとあげるだけでも、キャリアアップ助成金、働き方改革推進支援助成金、中小企業等グループ補助金、生産性向上設備投資促進税制、地域創生人材支援事業助成金などがあります。
(2)労働環境の改善~福利厚生の充実
住居手当や育児支援などの福利厚生を充実させ、働くモチベーションを向上させます。
○情報:機械全般の自動化、コンピューターによる自動制御等がこれに該当します。
(1)IT化、IoT化の推進
機械をネットワークに接続し、遠隔の監視や操作を可能にします。
(2)自動化・ロボット化の推進
生産ラインの自動化により、労働力不足を解消し、生産効率を向上させます。また単純作業から複雑な作業まで、ロボットが代替できる部分を増やします。
■日本の製造業を継続させるために
日本は資源の少ない国です。例えば石油であり、例えばレアアースです。しかし1960年代の高度経済成長を可能にしたように、他国から原材料を輸入し、日本人らしい手先の器用さ、緻密さによって経済成長を成し遂げました。
しかし、そうした日本人的特性は戦後に始まったわけではありません。それより1000年以上も前から日本人は、どんな地震でも倒れない五重塔を建造し、有害だった漆の樹液を塗料に活用し、たたら製鉄で日本刀を作ってきました。世界に誇りうる日本の伝統工芸です。
しかし90年代になって、電機産業などは衰退の一途を辿ります。原因はさまざまですが、ここでもう一度、日本の「ものづくり」の灯を消さないために、さまざまな取り組みが求められているのです。